斧原功和のブログ

飛ぶ方法も色々 蝶のよう エレメントをぬう時の…

冒 険 王 ・ 横 尾 忠 則 ☆ 生 命 力 が い っ ぱ い

冒 険 王 ・ 横 尾 忠 則 ☆ 生 命 力 が い っ ぱ い



Y字路

なにか音がよく響きそうな美術館をのぼってゆき
その時に居合わせた どこかユニークな方々と一緒に 冒険のなかへと

いきなりY字路の絵が
浮ぶようでもあり どこかでふっと会ったことがあるようでも

絵を眺めながら さて右左どちらへ 歩いていこうかと思案はじめると
徐々に最初は気づいていなかった 動きや 奥でのこと 何かの暗示のようなが
心を 脈を コツコツと静かにうってくる感じに

それは わたしは今 なにをしようと なこととも
バイブレーションを おそらく 起こし
それぞれの人にとって ふと見えてから 迫ってくる ざわめきのようなが
その時々で  変わってくるのかもしれない だから
それを知ろうと わたしたちは 
また何度も 
そこへ
絵でも
空想においても

しばらく
行ったり来たり 最初に入った方々とともに
少し離れがたかったけど
旅はまだ はじまりなんだ
つぎの間へ 私たちは 歩を


一度みたら忘れないような 汽車に女性にオートバイ 轟き
あっけにとられるようになったあと 体の向きかえると
そこに
緑 に 赤 の ならんで
宇宙が 数が
そう そうなのだろうなな 色や広がり 生命の 神秘の ほしぼしの 波の

その場から さきへ 動けなくなる なにか
わたしの眼は その前にしてる二枚の絵を ぐるっと何度も彷徨し
なにか を 呼吸もしつつ なにかを

また赤い色と蛍だ
よく見ると 男の子と女の子 子どもらの足が
星雲や 銀河 オーロラのような と 同じ位相のように
描かれている
わたしは わたしらはまたどこかへと飛ばされる
じっと見たい 思い出したい でも先へも進まないと

ナポレオンやピカソ 視線 秘境 おと おんがく
さて このさきに


少年たちの ねーねー
すっ すごいよ どうして どうしてなの
わたしたちは なにかを取り戻す
その時の興奮で じっさいに体験してなくも その時の息 ひびいてきて
体内にとりこまれ 冒険への熱や記録がよみがえる 復活する
それは作ること 作り上げることへの 情熱であり 渦でも おそらくあり
その大きさや連なりが 細胞から導いていってくれるのかも… ありがとうと回転

階段をのぼる? みあげたり 誰かの空想映画 想いうかべたり
洞窟の滝の音をバックに 高い笑い声とともに 音楽やピアノ
まだまだ調べてみたり 乗ったり しなきゃいけないことは 残っているんだろう
そう 僕らは僕らは


どこかに実際にあるのか それとも
その色に
照明ならざるような照明のふしぎに うかんでくる姿に
手をつき 幻惑させられる ばかり に
順をおわないと
けっして
忘れたくないのに忘れてしまいそうでもあり
そばの友人と汗ばみながら
しっかりとその全体を グランドストーリーを
脳も体も用いて 冷静に焼き付け 結び合わせてもし
でも
しかし
いつまで いつまでは
高いというか
濃い次元をわたれる方だけが知っているのだろうか
ああ〜ふしぎだー ほんとおもしろい


フォローミー
すこし前屈みになって先を急ぐ方々についてゆく
訓練された彼らは
海について 海に溶けていることまで 詳しいのか
SF? こちらは異様な光景スケールに 目をパチクリ 奪われてばかりなのに
彼らは黙々 先いそぎ 不可能性にもわたれる気配だ
いきなり未知の形態や その拡がりに 遭遇しても
腕組みして
わたしにはまだわからない交信やり取り 開始する
イゾギンチャクやヒトデ クラゲらとも
しっかりとコミュニケーションできてるのだろうか
身軽なキャメラマンがうつしとる写真や冒険記からも
こころ組み合わせ
後で考えなきゃ
それだけの現実が
そこに
ただ
魅せられもする色に
つづく 
つづく
つづり織りこまれる?


時は1965だそう
ヨーロッパ観光ポスター集のガヤガヤした楽しさ
なにか身を乗り出して
それぞれ個性的な路地を 文字のかたちを 誰かの視線のそば
蟻のようになって どこまでもどこまでも
めぐってゆく 楽しんでゆく
出会ったり その土地の日にあたったり 曲線や かわいさに酔ったり
ああ飽きない ふにゃり ふんわり や ピンとした直線 や
いきの まじわり

奇縁まんだらの絵らを 少し見上げ 見つめていると
そこに描かれている方々のーことが
もっと知りたく なってくる不思議に
なぜかわからないけど
色がまた気持ちよくって……


コラージュがまた面白い
この愉しさが
のちの大きな絵の冒険やフォーム 声 音符になったりもするので
わたしたちのトラベルやトランスは 終わらないのですね


飛沫が……
滝でのイメージの表出や 急な開きや 大きさ お告げ
 ルソーの絵らの不思議かつ奇妙な 背後みせ
糸井さんとも語られていた 色の調合方法といったことは、
 映像において今後 何か 編んでゆく 仕上げてゆく上でも
プラスになるのではとも…


さまざまな夢を
ぶらーりぶらーり ふわーりふわーり
目もCGスペースよりもっと自由に気ままに
目をつむっていても よみがえる色や光り その時の音 大きさ 感触
それら ちゃーんと休んで 糸 丁寧に しかし ピンと何度も結び
幻花の蜜も求め漂い
いよいよ
また
冒険が
二十面相やターザン 現れての
あ〜あああ


いいのに
いいのになーを
わすれない
ちょっとした文字や桶 アルファベットも
きっかけに
思い出す
光りや幻影うかんで
動きだす
しっとり飛び込んでくる
見つめられてくる
まわりだす あそびだす
たくさん 降ってくる 光ってくる


たぎる
ヴァーチャルか
現実 その時 今との
慈しみ深くも
絶妙のキョリ感も あってか
それらは
わたしたちを
生きやすくしてくれるの
かも


ニッポンに
キリコやデルヴォー

星雲や
オーロラが
ウジャジャーと
どこにも楽しく広がってて
みてる合間に
何かが治療されてゆくー
感じも……
おそらく
誰でも じゃないかしら

万能薬?


 女性たち
女性のよゆうのよさも
 しなやかにして
     ポカポカしてて
ゆるぎなくて
 何か突破もしてて
ふと都の方がー小さくみえたりっ も


荒俣宏さんが
横尾忠則美術館
入館心得の一つとして

  とくに小さいお子様は、
 ファミコン・ゲーム以上に激しく画霊の作品に
 はまってしまうおそれがございますので、
 十分にご注意ください。

と 記されていたけど(『ヨコオ論タダノリ』平凡社、2002年 )
実際 ゲームとして駆けたり渡ったり 何度もチャレンジ 直面してくと

われら原風景もよび出され ふわふわ 楽しいことに

ただTVゲームというより
シネマゲーム 劇場ゲームといったスケールか

どれくらい先のハードやハート なの かしら
レディゴオオー



生きているものよ
世紀 世紀が
どこかやわらかく
落ち着きもある拡がりの中で
互い互いを否定したりすることもなく
おどる
見つめてもー もらえる
何か肌から高揚
その連なりに少しでも入れたり
心のどこかで 触れられるーことが
生きてゆく気力 与えられる ふきこまれる
どこまでも どこまでも
それは 彼女は 彼は そこは
つづいていくんだろう
つづいていけるんだろう






そんな時[七月十日]であり そして そのあと  あしおと また  これから


どうもありがとうございました
いっぱい



冒 険 王 ・ 横 尾 忠 則 ☆ 生 命 力 が い っ ぱ い に